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身体の感覚を基盤に置く理由について

身体を重視する意味はまだまだたくさんあります。挙げればキリがありませんが、

もう一つには、人の体にはブロックというものが存在しているという事です。

人の心には防御機能があり、ひどく耐え難い心理状態になったときには、その心の一部が文字道理切り離されて、分離します。

そしてその時、潜在意識=体であるが為に、体の一部にもエネルギー的な意味でのブロックが生じ、エネルギー的にはそこが寸断され、孤立した様になってしまいます。

その「ブロック」が心理的な意味においては「トラウマ」と呼ばれたりするものであり、意識の下に埋められた感情的・エネルギー的な存在として独立して・分離して存在するようになります。

すると、それらの「ブロック」はもはやあなたの意識の知覚されない場所にあるがために、ちょっとした外的・内的な刺激に乗っ取られ、暴発(暴走)するようになります。「突然キレる若者」とか、まぁそんなイメージですか?(笑)もちろんこれは若者だけに限った話でもないですし、そのような行動をしないから=ブロックが無い、というわけでもありませんが。

そのような部分は、刺激に対して脆弱になるため、強がったり自己正当化したり・・ の思考でそれらを防御する必要性も出てきたりもするでしょうし、はっきり言って心理的に言っても大変なのです。

そういう意味で、BSセラピー+ヴィパッサナーというものをオススメしています。

この「ブロック」は現状ではほとんどの人に存在しますし、スピリチュアルに集中しても、体の統合が進んでいる人はまだそれ程多くはないのが現状です。

体の中枢からすみずみまで、神経エネルギーを貫通させることによって、身体的なブロックの壁を溶解・統合し、
その後に全身をくまなく感じる事によって、それらを意識下に再統合します。

意識状態としてはミッドアルファ波が出ているらしく、そのような変性意識に入れる技法は数多くあるのですが、何度も言うように「身体の中心から隅々まで神経エネルギーを通す」事によって、その後の永続的かつ根本的な変容の進行度合いが全く変わってきます。

もちろんBSとヴィパッサナーだけが良いという意味ではありませんが、それらは心身の癒しの基盤なのです。


例えて言えば、冬に凍りついたパイプを溶かすとしましょう。

外からお湯をかけるだけでは、時間がかかってしょうがないのです。

パイプの元栓から熱いお湯を流し始めたら、もっと迅速にパイプ内の氷は解け、水はもう一度正常に流れ出します。

今のヒーリングや整体等は、ほとんどが外からお湯をかける事が多いのです。

その場ではエネルギーが高揚して解放された気分にはなりますが、帰って私生活に戻れば、元の反応を繰り返している事に気づきます。

その両方からのアプローチが大切と思います。

元栓からお湯を出した上で、パイプの外からも温める・・ これで片方だけの時と比べれば、統合のスピードが数倍にアップします。
確かに、最終的にはモチベーションや意識がその行為に結果を与えるので、全てを理屈で説明する事は無理ですが、
しかしそういった理屈にも一定の法則は見られ、有効に活用できる事も明らかなのです。

別の理屈で見れば、脳の構造からしてもそれは明らかな事です。

ほとんどのセラピーは、感情やイメージや、持っている思い込み(思考)などに働きかけます。

それらは、脳構造的に言えば、大脳・中脳部に当たります。脳の外側(顕在意識)から内側へと、掘り下げていくようなアプローチです。

それもとても大切ですし、自分自身もそのようなアプローチはたくさん行ってきたのですが、

それと同時に、脳の中枢である脳幹(潜在意識・無意識)からのアプローチが非常に大切なのです。

顕在意識からのアプローチの方が意識では感じやすですし、多くのセラピー等は(主に)こちら側からが主流となっていますが、深い意識の統合は何度も言うように無意識部(脳幹)が基盤にあります。これは自分自身の色々な経験からもはっきりと感じとれる事です。

ただ残念なのは無意識部へのアプローチは当然、顕在意識では感じ取りにくいため、それなりに感覚が鋭敏な人しか違いや真価は感じ難いという難点はあります。いえ、実際は分かっていると思っていても、私も今でも脳幹活性の深みは全ては感じ切れていないと思います。ただ、それがコアである事は様々な人達や自分自身の経験上、間違いの無い事実であるように思われます。

まぁ、結局は自分の内面に向き合った集中度と期間分だけ、一歩一歩潜在意識の浄化や統合は起こるのであって、近道やショートカットというものは原則存在しないみたいです。そういうものが無いかと、いろいろと模索してはみましたが・・(^^;)
ただ自分の内面を見つめるという大前提付きであれば、BSセラピーはそのスピードを数倍程度には加速させてくれます。

これからもこの探求は続いていくと思いますし、私自身としてはBSセラピーというものに固執しているわけではないので、より良いものが出てきた場合は柔軟に取り入れていきたいなと思っています。

~ 前回からの続き ~

そしてエックハルトの本に衝撃を受けた私は、それを何冊も買って人に読ませたりしていました(笑)
その当時と比べれば、今はそんな話題に興味を持つ人がとても増えた印象があります。

しかし、その頃よく流行っていた「オーラ」とか「守護霊」といったものにはあまり惹かれませんでした。
もっとも本質的な、自分という意識の根本的な解放を求めていたのだと思います。

そしてエックハルト・トールや、ブレスワークなどの技法を使い、大きな浄化などを経験して、そういった解放された意識状態があるのだと言う事をもっとはっきりと知って、深めていきました。自分自身の目で物事を見極めることの大切さをよりいっそう感じるようになりました。

しかし、そのように数年を過ごす中で徐々に浮かび上がってきた疑問として、「あらゆる団体や技法を使っている集団、あるいは個人のちょっと幸せみたいな人達や、カウンセラーのようなな人々がどうして皆とても良い人ではあるのに、潜在意識の濃度はクリアになるのはそれほどまでに難しい事なのか?」ということが、とても不思議に思えてきました。

なぜ私が意識や潜在意識にここまでフォーカスしているかと言えば、内的な意識の状態が、結局は外的な状況を生み出す原動力になるからです。

それゆえ自分の探求の関心は、自分自身の解放から「人がシンプルな幸せを深めるために、最大公約数的(コア)な要素は何か?」というところに焦点を移して行きました。

そしてそのように色々と検証を繰り返しているうちに、やはり一般的なスピリチュアルというものは一言で言えば片手落ちであり例えば、チャネリングや空(くう)意識等の、普段の意識から解放されるような行為を過剰に繰り返しているだけだと、第六チャクラ周辺は開くけれども、現実を生きるための肉体とは少し意識が分離してしまうような状態になり、逆にふわふわとして生きていく事が困難になる事が多い事なども分かってきました。

それも一つの理由として、私は肉体を重視しています。肉体へのアプローチも様々なものはありますが、BSセラピーはその為に現在必須のものと言えるでしょう。

別の例えになりますが、私が見性体験をした時は、マトリックスの中で目覚めたようだった、と言いましたが
映画の内容は正直あまり覚えていないのですが、最初にネオが目覚めたシーンだけはとても強烈に覚えています。

あのシーンで重要な事は、人間という存在が何を奪われ続けているのか?を明確に描いている事だと思います。

そもそもこれだけ昔と比べて便利になったと言いながら、ストレスを生きていたり、日本だけで毎年10万人以上の自殺者が出るような(推定含む)社会で生きている私たちは、人として包括的な幸せを謳歌しているとは言い難いのではないでしょうか?

なぜ、ここまで人類は便利と快適さの追及という名の下に、思考パターンもシステム化され、なんだかんだ言いながらも未だに分離しているのでしょう?

別の言い方をすれば、もし我々が何かを見失い続けているとすれば、それは何だと思いますか?

お金でしょうか?いいえ、お金なんて、印刷機でいくらでも刷る事が可能です。
労働力でしょうか?それも遠くはないですが、既に機械がほとんど大変な作業が出来る世界では、その実質的な意味は薄いと言えるでしょう。

究極の資産(資源)、それは、人の意識です。

究極的に言えば、現在の環境破壊も、戦争も貧富の差も、社会に渦巻くあらゆる不幸も、人々の意識の裏返しです。

人々の意識がクリアになり、その人独自の思考の閉鎖空間から解き放たれて、もっと有機的な次元で繋がり合いコミュニケートできた時、全ては解消されます。

と言うより、それ以外の世界の問題の解決方法はありません。
例えハンパ無い計算量の超・スーパーコンピューターが開発されたところで、それが悪意を持った者の手に渡れば、世界を支配するために使われるでしょう。 原子力も、ロケット技術も、全ては同じです。技術はあくまでその使い手のツールに過ぎず、全てはそれを扱う人間の意識の問題ではないでしょうか?

マトリックスのあのシーンでは、人に個人的な夢を見せ続ける事によって、意識と生体エネルギーを搾取し、それをエネルギーとして巨大な集合意識がマシーンのようなもの(集合無意識のこと)を維持、増大させていました。

まぁ、ちょっと話が飛躍してしまいましたが、
「思考と感情の夢と一体化しながら生き続けることで、生のエネルギーを奪われている事すら忘れながら生きていくのか? それとも、体感を基盤とした「今」に意識を置きながら(感じながら) シンプルな幸せを深め、感じながら生きるのか?」と言ったところでしょうか(つづく)

心の浄化に体の感覚を用いるという事。

今回は、なぜ心の浄化に身体を用いるの?という事について書きたいと思います。

まず一つ目は、このブログでも再三書いているように、身体の感覚というのは脳の中枢と深く関係しており、また物質としての肉体を超えた意識との連結部でもあり、表面の意識ではなかなか気付かない潜在意識の表れだという事にあります。

感じれば感じる程分かってくることなのであまり何度も文章におこしてもしょうがないのかな・・ とも思っているのですが、(笑)

そしてこれが最も重要なのですが、体の感覚は「正直であり、基本的には思い込みでは無い」という事です。

人間とは、強い側面もある一方で、非常に弱く愚かになってしまう部分もあります。

それは例えば、宗教戦争であれば「あなたの神は、わたしの神とは違うのだ」といった理由だけで、相手の命を吹き飛ばせる程です。

「いやいや、私はあんな狂ったと存在とは違う」と思うのはもちろんだと思いますし、
もちろんそういったあからさまな狂気を実行しない点では違いますが、私達も、ある意味では同じ部分があります。

例えば、簡単に思い込みにハマります。常識に囚われて、それをあたかも「正義」であるかのように振りかざします。それらが世界であるかのように錯覚します。

アインシュタインの言葉を借りれば「常識とは、18歳までに身につけた偏見の コレクションのことを言う」といったところでしょうか。

彼らがハマっているのが「宗教」と呼ばれる一連の思考だとすれば、私たち達の多くは「常識」あるいは「自分教」と呼ばれる一連の思考様式にハマっているという内容の違いに過ぎないないのです。

その事にはっきりと気付いたのが確か15歳の時で、その時に見えた(感じた)ものは、まさに映画「マトリックス」冒頭のシーンのようでした。人々は何か一つの巨大な集合無意識に、自分という思考を通して生(エネルギー)を搾り取られ続けられている。

なのに、当の本人は見ている夢によってアイデンティティーを規定している為、「これが自分だ!」と思い、エネルギーを摩耗する(吸い取られている)事を結局は肯定し続けているような感じ。

「じゃあ、どうすりゃいいのよ?」と思いましたが、それに対する回答が、一応今のブログで書いて来た事になります。

その「私」という想念やあらゆる感情の中枢が、実はなんという事は無い、脳幹中枢に蓄えられた恐怖のエネルギーであった、という事です。これはかなりガッチリ埋め込まれているので、ちょっと探究をしてすぐに確信が得られるものではないと思われますが、今もやはりその認識は深まってます。

で、その時は学校でそういった事を話しても、誰に話しても通じないし
解放された意識状態を求めて色々な事をしても、一時しのぎにしかならない(その中でも得られるものもたくさんありましたが、、)

そして、エックハルトトールの本に出合った時は「これだ!」と感じました。
感じていた事、見ていたものがとてもはっきりと書いてあり、しかも具体的で分かりやすくまとめられていました。
初めて同じ世界の認識を持った人に出会えたと、とてもうれしかったのを覚えています。

つづく ~

瞑想とBSセラピーについて⑥

>また、ヴィパッサナーを続けていくと、体とは固定化したものではなくて、流動的なものであると見えるようになってきます。
>体は生成消滅しているのです。それを知識で知るのではなくて、そのように見えてくるのです。
>すると、体が生成消滅している空間としてのエネルギー場、より深い私という視点も開けてきます。

前回の記事でこのような事を書きましたが、今回はここを詳しく書きたいと思います。

ヴィパッサナーとは、要するに体全体に意識の光を浸透させていくという事です。
そして意識が深まるにつれて、徐々に体が粒子であり、その粒子を生み出している場と一体であると感じられてきます。

深い瞑想状態の時にはそのようにみえてきます。

その意識深化のプロセスを、BSセラピーは大きく早めてくれるのです。
それが、最初の頃に受けた時に「これは他のモノとは全然違う!!」と感じた事の一つでした。

ただ単にリラックスしているとか、体がゆるんでいるだけではないのです。

正直瞑想にしか興味が無く、体が健康になるとかは僕にとっては二の次でした・・^^;

しかしなぜ、それが大切なのでしょうか?

最終的には 体=自分 と思っている事から自由になる事が、解放だからです。

体=自分 と思っているので、体は硬く縮こまり、意識の光が届かず
暗黒領域のようになってしまい、そこに感情のエネルギーが深く溜まっているからです。

そして、その固く縮こまった、幻想の「自己」を守るために、日々そのエネルギーは無意識に反応をし続け、体はますます硬くなってゆくのです。

そして、そのエネルギー体(無意識に自分と想定した、体に深く溜まっている感情)は

究極は「自己を失う恐れ(死)」に起因しているのであり、その「根源的な恐れ」は

いつも言うように脳幹を起点とした脊椎周辺にたまっています。

なので、BSセラピーでその中枢から最適にエネルギーを活性化して中心からほぐすこと、
 そして
出てきた感情を身体全体で消していくというコンボなのですが、更に深い意味としては

体の粒子と意識の空間を一体と感じていく事、にあります。

BSセラピーをすると、体を構成している粒子の密度が粗(あら)くなります。
物質の密度が粗くなるという事は、その分そこに意識の光が浸透しやすくなるという事です。

そしてそのように 体がガチッとした固体ではなく、粒子の集まりであると感じられ、

そこに意識が浸透して、その粒子をが存在している空間そのものだと感じられてくると

「体=私(個)」という感覚が薄れてくるのです。そして、だんだん楽になっていきます。

この事をエックハルト・トールはこのように表現しています。

「思考に囚われた体不在の状態から、体に意識が住まうようになってくると、肉体は以前より軽く、クリアーで、生き生きと感じられます。身体中の意識の割合が増えるために、細胞の分子構造の密度が粗くなるからです。意識の割合が増えると、物質に対する幻想は減ってきます。」

そしてこの事を以前BSセラピーの駒川先生にお聞きしたところ「その通りです」との回答をいただきました。
つまり、BSセラピーとヴィパッサナーは深い部分で全く同じ認識を目指していたのです。
それが、この両者を根源的な癒しのツールとして推薦してきた最も深い意味でもあります。

もう少し説明していきたいと思います。

「自分」と「世界」という区別のある視点からすると、ある一つの大きな法則が働いています。

それは、「自分の内側にある状態を、外の世界にも映し観る」という法則です。
自分の中に恐れがあれば外に世界にも恐れを、愛があれば愛をを見る・・・etc

というのはスピリチュアルの世界では有名な事だと思いますが、

もう一つ深い視点としては
体がガチッと「個」の感覚であれば、世界もそのように固く、重たい世界に見える。

つまり先ほど書いた
「体=自分 と思っているので、体は硬く縮こまり、意識の光が届かず
暗黒領域のようになって、そこに感情のエネルギーが深く溜まっている」
と同じ様に、世界も見えてくるのです。

逆に体(自分)に意識の光が浸透して、それが空間に浮かぶ粒子のように感じられてくると
世界にも同じように意識の光が浸透して、明るく、ふわっと軽い世界に見えてくるのです。

今思っているような硬直化・個別化された世界には見えなくなります。

そして体を通してそのように悟りを開いて行くという事は、一時的な理解や至高体験や幸せ期間ではなく、徐々に確実に、そして恒久的にそのような意識の状態に落ち着いていけるという事です。

そして「体の全ての部分に心が在る」ため、体の全てにくまなく意識の光を浸透させる事によって、完全に心が浄化されます。
言うは易しで、これには何十年もかかると思いますが・・・

今久しぶりにこの本の全体に目を通して「さとりは、からだを通してひらくもの」という、ズバリそのまんまな章を発見しましたが、やはり古代のブッダの教えと、現代のブッダであるエックハルトの教えは、同じものだったわけです。

最後に、何度も言う様ですが「悟り」とは何も特別な事ではなく、ただ心理的な苦しみから解放され、幸せに今を生きている状態を指しています。その状態を指す言葉は何でもいいのです。

~ つづく ~

お知らせ:9月13日に大阪にて瞑想会を行います。
お問い合わせは左上のメールアドレスまでお願いします。



瞑想とBSセラピーについて④

前回までの記事にて、「苦しみからの解放」「幸せ」「今ここ」の秘訣は

「大脳皮質から、脳幹へのエネルギー活性拠点の移行である!」
「思考から感覚への、意識ベースの移行です!」
という事を、何度も書いてきたかと思います。

これは、机上の空論ではなくて、僕自身が10年かけて
かなりいろいろと試行錯誤してきたうえでの、やっぱり癒しのコアです。

つまり、約一年前に書いた記事「自身の体験記 その2」において、「中枢神経系」と「全身の筋肉」の対応について書いており、
この一年、セラピストとして活動している中でも常に言ってきたなの事ですが、

「中枢神経系(脳幹~脊椎)の活性化、それによる全身の自律神経の調和」=物理的出力、 と
「末梢神経(体感覚)からの刺激の意識化」=入力信号の意識化

この「物理的な神経の出力」と「神経入力信号の意識化(瞑想)」の組み合わせこそが「自由・解放」への源泉という事で、あらゆるメソッドを超えた中心だと思いますが、別の言い方をすれば、BSセラピーとヴィパッサナーの組み合わせが、現在では一番近いと思っています。
別にこのメソッドの固執しているわけではないのですが、最も近いメソッドなのです。

2年近く前にBSを受け始めた時、直感・感覚的には分かっていたのですが、なにしろ人に伝えるときにはある程度論理を示さないといけませんし、こんな事を言ってもいいのかなとか、いろいろ考えて小出しにしてはいたのですが、最近ある本にまた出会ってかなり勇気づけられた事もあったので、またどんどん書いていく事にします^ ^

昨年9月の記事にて、トラウマ研究を40年続けてきた先端研究の結果により、脳幹からの神経エネルギーの正常化と、身体感覚の習得が最も大切であると述べられているのですが、最近見つけた「体外離脱能力者の創り方」という本の中にも、興味深い根拠を見つける事ができたのです。

この方は、京都大学理学部を卒業されてから、体外離脱を誰でもできるように研究、臨床を重ねて来られた方の書いた本のようなので
その研究・臨床の主なアプローチは、体の筋肉の弛緩、それに伴う神経エネルギーの変化、それを利用した意識の変性や体外離脱のやり方なのですが、、、(あ、ちょっと待って下さい!)

体外離脱と聞いて引いたら負けなんですよ!(笑)
僕も最初体外離脱を研究してると聞いたので、少し引いたのですが^ ^;
結局は、僕がいつも言っている自由と解放のためのきっかけとして、体外離脱を使うという本のようです。

・・・余計に怪しい?(笑)

つまりは、、ええと 
体外離脱いう言葉は一回忘れて、一度幸せについて本気出して考えてみましょう。

例えば、健康になれば幸せだと思っているとします。一時的にはそれで幸せを感じられるかもしれますが、いずれにせよこの肉体はいつかは必ず死にます( ̄Д ̄;)

これは、皮肉や悲観でもなく、ただのあるがままです。
どんなに頑張ってみても、だんだんシワが増えて、ガタが来て、病気になって、死んで行きます。
これを仏陀は「生老病死」と呼びました。どんなにあがいたところで、皆が避けて通れない苦しみの道です。

その期間を数年伸ばしても結局結果が同じであれば、それは真の幸せを掴んだのだ、と本当に言えるでしょうか。
当然、いつかは死ぬのだから、その間より良く生きる・・・ 死んだ後のことはその時。それももちろん真理と思います。
しかし人はいつか必ず肉体を超えた本来の自分自身の普遍的な意識に気付かなければ、最も深い心の平安は得られないものです。

そこまでぶっ飛んだ考えを最初から採用していなくても、体の健康・・・ 心の幸せ・・ を追及していれば、いずれは必ず普遍的、永続的な幸せを視野に入れざるを得ない時がやって来ると思います。

「普遍」とは、この世のいろんなものは必ず変化していくが、その全ての変化に影響を受けない、という意味です。

そして、その普遍的な意識の自覚にも、脳幹が大きく関わっているようなのです。最近流行っている悟り系の本には全く書かれていないことだと思いますが(というかあまり読んでいないのでよく知りませんが・・)、これは僕自身が体験からはっきりと確信せざるを得ない事なのです。

で、話を戻してその本にはどんな事が書かれているのかと言うと・・・

「神経インパルスの秘密」
それにしても、なぜ筋肉を使うことで瞑想をコントロールできるのでしょうか?
実は筋肉と言う器官はそれ自体が単独で緊張するようにはできておらず、中枢神経系からの電気的命令によって動かされます。実はこの神経インパルスに注目する事で、今までよく分からなかった瞑想に関する興味深い事実が分かってきたのです。それは瞑想においてとても重要な役割を果たしているのです。

・・・筋肉を使うことで私達の身体には神経インパルス(生体電気)が流れます。しかしこの神経インパルスは電気であるが故に、私たちの波動に容易に変化を引き起こすのです。この生体電気の隠れた能力を瞑想に応用することで、今まででは考えられなかったほど大きな成果を上げる事ができたのです。

・・・中枢神経という発電所と、末梢神経という送電ケーブルには隠れた機能があり、それが私達の波動をコントロールする機能なのです。身体全体に張り巡らされたこの送電システムに微弱な生体電気を流すことで、私たちの波動を意のままに変化させることが可能なのです。


要するに、この方は神経インパルスの調整を瞑想に組み入れる事によって、数え切れない瞑想の臨床・検証の中で大きな成果を上げる事ができた、という事のようなのですが、

ここに書かれている内容って、いつも僕が言っている事ですね^^
つまり、脳幹の活性による全身の神経エネルギーの調和こそが、瞑想のベースであるという事。
 もちろん、神経インパルス=神経エネルギーの事です。

では、どのような神経エネルギーが最も瞑想にとって「良い」のでしょうか?
無理やり強い電流を流せば良いのでしょうか?そんなことしても感電します。
答えはその時の自分自身にとって、最高最善な神経エネルギーを自分自身の内側から流して、一大調和させる事です。
そしてその最善の方法が、たぶん脳幹を活性化させる事なのです。
他の方法もいくつも試してきましたが、脳幹の活性、それもBSセラピーに及ぶものは一つも感じられなかったと思います。
僕は理論や説明はまず置いておいて、とりあえず試して体感(ヴィパッサナー)によって検証するようにしています。その体感からすればまず間違いないものと、自身では感じています。

そして、BSセラピーの創設者であり神経エネルギーのスペシャリストでもある駒川先生の説明も全く同じであり
「脳幹を活性化させる以外の治療を患者に施しても、次に来た時はいつも神経エネルギーのレベルが下がっていたが、唯一脳幹が何らかの要因で活性化した時は、次回に来た時もその神経エネルギーのレベルを維持している」という事です。

神経エネルギーこそが瞑想の秘訣であり、最も深いレベルからの自然な心身の癒しを加速させる為には、自分自身の脳幹の活性による内側からの神経インパルスの強化・調和が最重要だと、今までの探求から確信しています。
実際、瞑想による感情の解放はBSセラピーを始めた前と後では、同じように瞑想していても3倍程度の開きがあります。神経インパルスが強化、調和されるからこそ腰痛やその他あらゆる身体的症状も治癒してゆきますが、これは精神や潜在意識を司っている脳の神経系についても、もちろん同じ事なのです。(つづく)
プロフィール

bsxryo

Author:bsxryo
ご訪問ありがとうございます。
名古屋・大阪で脳幹活性整体を施術している零命です。
日時等、お気軽にご相談ください

bsxryo@gmail.com

※料金表は記事にあります。


幼い頃から繊細な意識の持ち主で、16歳で意識の目覚めの体験をする。
その後、ありのままをただ観察する事(瞑想)を大原則としながら、様々なメソッドを吟味しつつ意識の探求を続ける。
鋭敏に感じ取る力、感情の解放等に精通する。

主な経験 : ブレスワーク40回程度
ビパッサナー瞑想コース 計100日間
TRE(トラウマ リリース エクササイズ)50回程度
スペースまほろば主催の瞑想会やグループセッションに50回程度参加。など
BSセラピー ベーシック&アドバンスコース修了

2013年の7月に脳幹活性整体(BSセラピー)に出会い、今までの全てのメソッドを超える精妙かつ、肉体と精神両方への根源的な効果を体感。資格取得後のべ1000人以上に施術を行う。

BSセラピーを続けた後の効果は言葉にできないものがありますので、多くの人達にこの解放感を味わってほしいと願っています!

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